『HOT PEPPER Beauty』プロジェクトリーダーが語る。課題の多い大規模案件で「圧倒的な成果」を生んだ3つの取り組み


田中雄大
(株)リクルート プロダクト開発 サービスデザイン室 販促領域プロダクトデザイン3ユニット(旅行・飲食・ビューティー・事業開発) 飲食・ビューティー領域プロダクトデザイン部 ビューティープロダクトデザイン1グループ
2018年、当時のリクルートホールディングス(現・リクルート)に入社。『リクナビNEXT』や『リクルートエージェント』などHR領域のプロダクトに携わった後、美容領域へ。
主に『ホットペッパービューティー』『SALON BOARD』のプロダクトのUX改善や、新機能を追加する施策などに従事。


『ホットペッパービューティー』の新機能「スマート支払い」とは?


私は2018年の入社から3年間は『リクナビNEXT』や『RECRUIT AGENT』などのプロダクトに携わり、4年目から美容領域に異動。これまで、『ホットペッパービューティー』『SALON BOARD』のプロダクトのUX改善や、新機能を追加する施策などを推進してきました。

直近で担当した大きな施策が、今回紹介する『ホットペッパービューティー』のオンライン決済機能「スマート支払い」の実装プロジェクトです。実はこの施策、案件の難易度が高く、乗り越えるべき課題も多いプロジェクトでした。また、大規模プロジェクトであるため、多くの関係者を束ねていく必要があり、「自分はプロジェクトリーダーとして、この開発を乗り切れるのか?」と最初は不安だったんです。

しかし、最終的には無事にリリースできただけでなく、期待を大きく上回る成果を出すことができました。今回は、課題を乗り越え大規模プロジェクトを成功させるに至った「3つの取り組み」について振り返りたいと思います。


本題に入る前に、『ホットペッパービューティー』の「スマート支払い」機能について、簡単に紹介します。
この機能は、お客様が『ホットペッパービューティー』で美容室などを予約する際、クレジットカードを登録して「スマート支払い」を選択すると、来店時に現金やカードの受け渡しをせずにオンライン上で支払いができるというもの。

当日の施術が終わった後に「そのまま退店」できるというお客様側の利便性に加え、サロン様にとってもレジ業務を効率化し、接客に注力できるメリットがあります。

また、サロン様には「無断キャンセル」の防止という利点も。実は美容業界では無断キャンセルや当日キャンセルが多く発生していて、それがサロン様の大きな負担になっていました。
スマート支払いで予約したお客さまが来店されなかった場合、つまり無断キャンセルがあった場合には、各店舗で設定されたキャンセルポリシーに則りお客さまからキャンセル料を徴収することができる仕組みになっているため、導入いただいたサロンの方からは実際に「無断(当日)キャンセルがなくなった(減った)」というお声も数多くいただいています。


『ホットペッパービューティー』は、美容室・ヘアサロンなどの「ヘア領域」と、ネイル・まつげ・リラクゼーションなどの「キレイ領域」に分かれているのですが、スマート支払いは2023年1月にヘア領域から先行してリリースし、2024年7月にキレイ領域でもリリースしました。私はどちらの施策にも携わり、キレイ領域ではプロジェクトリーダーを担っています。


先行リリースされた「ヘア領域」では、好調の一方で課題も発生



このプロジェクトにおける私のメインの役割は、いわゆるプロジェクトマネジメントでした。簡潔に言うと、プロジェクトとしてのQCDS(Quality Cost Delivery Scope)を担保して、世の中にリリースする役割です。

アサイン当時の状況ですが、すでに「ヘア領域」でのスマート支払いを先行リリースしていたとはいえ、それをそのままキレイ用に焼き直しすればいいというような簡単な話ではありませんでした。ヘアとキレイではサロン様の業態も異なりますし、HOT PEPPER Beauty自体のシステムが分かれているため、新たに機能を構築する必要がありました。更に、先行していたヘア領域でも、リリース後に見えてきた課題がいくつかあり、その改善や再発防止策の検討等にも並行して取り組む必要がありました。

ヘア領域では多くのサロン・お客様にスマート支払いをご利用いただき、取扱総額も絶好調。もともとの期待値を上回る利用率や導入サロン数を記録していました。

その一方で、サロンにスマート支払いの導入を推進してくれる、当社の営業担当には大きな負担をかけてしまっていました。新しい機能ということもありますし、正直、やや分かりづらい仕様だったこともあって、営業が一つひとつのサロンを回って申請方法や使い方を説明しなくてはいけない状況が発生していたんです。ただでさえヘア領域はサロン数が多く、スマート支払いの推進にあたっても全国の営業担当を動員するという大規模なもの。それだけに、こうした非効率なやり方は是正する必要がありました。

これらをふまえ、我々がやるべきことは主に以下であると認識していました。

・サービスとしての品質や使いやすさを担保し、ヘア領域のスマート支払いと同様に多くのサロン様に導入いただく(ヘア領域以上の申請数を目指す)
・ヘア領域で発生していたクリティカルな課題は必ず改善する
・効率的に営業推進ができる仕組みをつくる

すでに工数や開発にあたる人員の計画も決まっていた中で、これらのことを実現し、なおかつスケジュール通りに進める必要があったわけです。正直、当初は「本当にできるのか」と頭を抱えていました。

大規模プロジェクトを成功させるに至った『3つの取り組み』



前置きが長くなりましたが、ここから本題である「当初から課題が山積みだった大規模プロジェクトを成功させるに至った『3つの取り組み』」を紹介します。

それは以下の3点です。

1 チームビルディング
2 営業推進の品質担保
3 システム品質の担保


取り組み①「チームビルディング」:要所で強い「メッセージ」を伝え、メンバーの士気と視座を上げる


1つ目の「チームビルディング」ですが、プロジェクトを推進するにあたり、まずは関係者全員で進むべき方向性やビジョンを明確にし、いかにモチベーションを上げるかという点に主眼を置いていました。長期プロジェクトでもあるため、みんなの気持ちを持続させることも重要なポイントでした。そこで、キレイのプロジェクトでは折に触れて士気を上げ、視座を高めながら進めていく必要があると考えていたんです。

具体的なアプローチとしては、四半期ごと、あるいは決議を取得するタイミングなど、節目節目でプロジェクトメンバー全員に、「自分たちの手で最高のプロダクトを作るんだ」というメッセージを共有し、「自分ごと化」を徹底しました。

また、「何のためにやるのか」という動機づけにも力を入れました。

「このプロジェクトは美容業界の決済の未来を賭けた“チーム戦”である」
「私たちはプロダクト開発を通じ、美容業界の"当たり前"を変えることができる」
「キャッシュレス決済をもっと身近で当たり前のものにして、社会をよりよくしよう」

といった、より高い目標、私たちが描きたい世界が伝わるようなコミュニケーションを心がけていました。そのうえで、「これらの目的を達成するためにはチーム全員の力が必要です。どうか力を貸してください」と。

これにより、実際にメンバーのモチベーションがどれだけ上がったかというと……正直、分かりません(笑)。ただ、プロジェクトの先頭に立つ各チームのリーダーたちが、これだけ熱く、真剣に取り組んでいるなら自分も力を尽くそう、徹底してやらなきゃいけないといった雰囲気は醸成できたのではないかと思います。

取り組み②「営業推進の品質担保」プロジェクト初期から営業サイドとコンタクトをとり、営業推進にあたっての課題を共有



2つ目の取り組みは「営業推進の品質担保」です。ヘア領域では、初動の営業推進が滞ってしまったという反省があったので、同じ轍を踏まないよう、今回は早い段階で手を打とうと思いました。

具体的には、僕ら開発側と営業の間をつなぐ「事業企画」の組織を早いタイミングで巻き込み、「解消すべき課題」のすり合わせに時間をかけました。これまでの案件では、開発が進んだフェーズになってから事業企画のキーマンと接点を持ち営業サイドと連携することが多かったのですが、今回は要件定義という早いタイミングからの連携を試みました。

当初は「こんなに早く始める必要はあるのかな?」という声もありましたが、今回ばかりは通常の感覚で進めると、絶対に時間が足りなくなることが目に見えていました。夏休みの宿題を最初の1週間で終わらせるような気持ちで、事業側と全ての課題を洗い出して整理しました。

やらなければいけないアクションや優先順位が明確になれば、あとは実行するだけ。あらゆる対策を前倒しで実施していきました。営業を推進しやすくするための営業ツールを開発側から提案する余裕も生まれるなど、営業推進の品質につながる打ち手も数多く実施できましたし、早期に検討を始めたことで時間的な余裕もでき、後から問題が起こってもしっかり対応することができました。

結果的に、事業企画からも「ヘアの時と比べてかなりスムーズに推進できるようになった」という声をもらいました。営業から開発サイドに寄せられる問い合わせもグッと減るなど、狙い通り営業推進の質は担保できたのではないかと思います。

取り組み③「システム品質の担保」ヘアで発生した課題を検知しつつ、対応の優先順位を検討



3つ目の取り組みは「システム品質の担保」です。これは、ヘアで発生していた課題への対応、エンハンス対応を漏れなく実施しつつ、キレイ領域のスマート支払いとしてのシステム品質を担保するための取り組みです。キレイの要件定義中にも、ヘアの課題は五月雨で発生していたため、キレイのプロジェクトのQCDSを守りつつ、並行して「(ヘアの)トラブルの検知→対応の要否を判断→対応」を一気通貫で行えるプロセスやフローを構築しました。

具体的には、ヘアのシステムエラー等の発生状況を定期的にウォッチする体制をつくり、取り込み漏れの防止を徹底しました。そのうえで、「工数やスケジュールへの影響」を調査したり、「その課題を取り込むことによってプロジェクトに生じるリスク」など、並走案件への影響を鑑みて、対応するかどうかを判断。そのなかで率先して対応すべき要件(リリース時に組み込まないと影響が大きい要件)を整理して優先順位をつけたうえで、順次対応していく形をとりました。

最終的に、ヘアで発生したトラブルのうち95%くらいは、キレイのリリース前にしっかりと対応することができました。それ以外の緊急度が高くない課題については、「今すぐやる必要はない」と割り切って、リリース後の対応に回そうと。開発スケジュールとキレイ側のシステム品質に影響が出ないよう、一つひとつのトラブルを精査したり、対応の優先順位をしっかりと定めたことでプロジェクトの停滞を防ぎ、最終的なシステム品質の担保につながったのだと思います。

「マイナスをゼロに」ではなく「プラスにして当たり前」という意識を共有



こうした取り組みを経て、2024年7月にキレイ領域でもスマート支払いが実装されました。

リリース後の成果ですが、この案件で重視していた指標の1つである「スマート支払いによる決済総額」はリリースから数ヶ月で目標ハイ達成でした。
また導入サロン数もお客様の利用率も同様に好調という結果でした。
さらには、先ほども言った通り、スマート支払いの導入の推進にあたる営業やクライアント様からの問い合わせもヘア領域に比べて減少し、営業サイドからは「過去の営業推進を振り返っても、ここまで上手くいった事例はない」と評価してもらいました。
プロジェクトに関わる全員の頑張りのおかげで、全てにおいて計画超えを果たせたと思います。

また、肝心の「課題の解消」についてはどうなったのか。トラブルをゼロにすることを目指して開発を進めていましたが、実際には、リリース後に数件発生してしまいました。とはいえ、先行したヘア領域と比べれば大きく減らすことができました。その数件についても、クライアント様やお客様には特に影響のないトラブルで、開発側の期待値とややズレがあったためにトラブルとして扱っているというもの。ですから、品質としては高いものを提供できたのではないかと評価しています。

結果的に、プロジェクトの当初に掲げていた以下3つの目標については、しっかりと達成することができました。

・サービスとしての品質や使いやすさを担保し、ヘア領域のスマート支払いと同様に多くのクライアントに導入いただく(ヘア領域以上の申込数を目指す)
・クライアント申込時の障害は必ず改善する
・効率的に営業推進ができる仕組みをつくる

最後に改めて、今回のプロジェクトが成功した要因について、振り返りたいと思います。

もちろん、さまざまな取り組みが功を奏したということになりますが、一番大きかったのは「最高のプロダクトをつくる」という意識をチーム全体で共有できたことではないかと考えています。

今回のプロジェクトでは先行していたヘアの領域でトラブルが発生していました。その「マイナスをゼロにする」のではなく、むしろ「プラス」にして当たり前というくらいの基準で、みんなが開発に臨んでいました。UXなどもヘアの焼き直しではなく、キレイ向けに全てアップデートしてつくる。
あくまで、「キレイ領域のスマート支払い」としてベストなものにしようという意識があったからこそ、うまくいったのではないでしょうか。

記事内容及び組織や事業・職種などの名称は、編集・執筆当時のものです。