目次
リクルートグループの多様なサービスを横断し、データ活用を牽引するデータ推進室。そこには毎年、データサイエンティストや機械学習エンジニアといった専門性の高いスペシャリストたちが、新たな仲間として加わります。彼らがプロフェッショナルとしての第一歩を踏み出すために用意されているのが、独自の新人研修「データスペシャリストブートキャンプ」です。
現場で活躍する社員によって作られたコンテンツを、どうすれば最適な形で届けられるのか。そう考えながら研修の推進、受講環境の設計を担っているのが、データ推進室人事担当の腰高里奈です。本記事では、この研修を成功に導く「ソフト」の側面、特に新人の成長を加速させるために緻密に設計された「コミュニケーションデザイン」に焦点を当て、腰高が向き合うブートキャンプに込められた思いと背景についてインタビューを行いました。

最高のスタートを切るために──なぜ「コミュニケーション」のデザインが欠かせないのか
― まず、この「データスペシャリストブートキャンプ」がどのような研修なのか、概要を教えていただけますか?
はい。データ推進室に集う、多様な専門性を持った新人たちが、プロのデータスペシャリストとして本格的なキャリアを歩み始めるための、約2カ月間の研修プログラムです。現場の第一線で活躍する社員たちがコンテンツを作成し、講師やメンターとして直接関わることで、実践的なスキルやリクルートならではの仕事の進め方を学んでいきます。
― コンテンツだけでなく、それを支える環境づくりにも力を入れていると伺いました。
おっしゃる通りです。私たちは、研修コンテンツという「ハード」と同じくらい、新人が安心して学べる環境、つまり「ソフト」の側面を重視しています。というのも研修の成果は、どれだけ良いコンテンツを用意し、どれだけ素晴らしい講師を揃えても、最終的には受講する本人のマインドセットに懸かってくるからです。
「この研修から何を学び取ろうか」という当事者意識があるかどうかで、得られる成果も満足度も全く変わってきてしまいます。ですから人事担当としては、彼らの受講マインドを最高の状態にできるようサポートすることに、最も労力をかけています。

全員が前向きになる仕掛け──関係性の伝播が育む「心理的安全性」
― コミュニケーションデザインについて、具体的に伺わせてください。特に重視しているポイントは何でしょうか?
何よりも早い段階での「心理的安全性」の醸成です。個々の育んできた専門性が高いがゆえに、チームでの経験が少ない新人もいますから、誰もが安心して挑戦できる土壌を早期に作ることが不可欠です。そのために、Slackでのオープンなコミュニケーションや、1on1の推奨といった基本的な働きかけに加え、いくつか私自身の経験や人脈も活かした、オリジナルのコミュニケーション施策を行っています。
― 特にこだわっている企画はありますか?
まずは、「デイリーメンターへのインタビュー」 という企画です。日替わりで現場の先輩社員に「デイリーメンター」としてブートキャンプに参加してもらい、受講者からのあらゆる質問に答えてもらうというものなのですが、そのメンターにインタビューをする役割を、当初は私が担っていました。でも人事がインタビューすると、どうしても少し形式的で堅い雰囲気になってしまう。もっとリアリティや親近感を持たせたいと考え、一昨年から形式を変えました。インタビューの聞き手を、過去にそのメンターから指導を受けていた後輩(メンティー)にお願いする形にしたんです。
― メンターをよく知るメンティーがインタビューする、と。どのような効果がありましたか?
これが、想像以上の効果をもたらしました。メンティーは、指導を受けた先輩の尊敬する点や凄さを一番近くで見てきているので、核心を突いた質問で先輩の魅力を引き出してくれます。インタビューを通して、「先輩のこういうところを尊敬しています」と、普段は照れくさくて言えない感謝の気持ちを伝えることもできる。
メンターは後輩から褒められて嬉しいですし、それを見ている受講者たちは、二人の関係性から「現場に入ったら、自分も先輩とこんな関係性を築けるんだ」と具体的なイメージや好感を持つことができます。インタビューする側、される側、そしてそれを見ている受講者、全員が前向きな気持ちになるんです。この関係性の伝播が、ブートキャンプ全体の心理的安全性を高めてくれたと感じています。
― ユニークな仕掛けですね。他にもコミュニケーション施策はありますか?
もう一つ、「GMメンター逆インタビュー」 というものも行っています。これは、2年目の若手社員をブートキャンプに招き、その社員の上司であるGM(グループマネージャー)や先輩社員に、私が「彼/彼女が1年目でどんな活躍をしたか、どんな点を評価しているか」を事前にヒアリングしておきます。そして、その内容を基に、みんなの前でその2年目社員に公開インタビューをする、というサプライズ企画です。
本人にとっては、普段は直接言われることのない自分の評価や期待を知ることができ、自己肯定感に繋がります。聞いている受講者たちにとっても、「1年目でもこんな風に評価されるんだ」「GMはメンバーのこういうところを見ているんだ」という学びになり、現場で働くことへの解像度がぐっと上がります。

一人ひとりの「なぜ?」に向き合う先に生まれる「信頼関係」
― そうした施策に加えて、日々のコミュニケーションで意識されていることはありますか?
新人たちとの地道な対話を通じて、「信頼関係」を築くことです。最近の新卒メンバーは「タイパ(タイムパフォーマンス)」などを重視する傾向があり、「なぜこれをやる必要があるのか」という問いを常に持っています。その価値観をまず尊重し、受け入れることから始めます。
― 具体的にはどのように対話されるのでしょうか?
彼らが抱くであろう小さな疑問や懸念を、こちらから積極的に拾い上げにいきます。「なんでそう感じるの?」「どうすればもっと良くなると思う?」と、しっかり向き合い、一つひとつの施策の目的や意図を、彼らが納得できる言葉で論理的に説明し続ける。 この地道かつ真摯な対話の積み重ねによって、「この人が言うことなら、きっと意味があるのだろう」という信頼関係が生まれ、初めて彼らは安心して研修に取り組めるようになります。この最初の信頼関係構築が、受講マインドを高める上で何よりも重要だと考えています。
自ら考え、動き出す。体験を通じて掴み取る「自律自走」の第一歩
― リクルートでは「自律自走」できる人材が求められると思いますが、研修ではどのように伝えているのでしょうか?
「自律自走」というスキルを直接的に教える特定のコンテンツはありません。そうではなく、ブートキャンプという2カ月間の全ての体験を通して、ある一つのメッセージを伝え続けています。それは、「自律自走」こそがこの組織で活躍するための基本的な動き方であること。そして、それが自身の成長を加速させ、ひいては自分のWILLを実現する力になる、ということです。
講師やメンターの話、様々な企画、同期との関わり合いの中で、「自ら考えて動ける人が活躍している」という事実を肌で感じられるようにプログラムをデザインしている、という方が近いかもしれません。
― 「教える」のではなく、「感じてもらう」ということですね。
その通りです。研修コンテンツに加え、私が企画するコミュニケーションの場においても、どのような体験をしてもらうか。それら全てを通じてメインメッセージを掴み取ってもらえるよう、心がけています。

“最良のスタート地点”であり続けるための、終わらないアップデート
― 最後に、このブートキャンプの今後の展望についてお聞かせください。
データやAIを取り巻く技術の進化は、本当に日進月歩です。その速さに合わせて、組織に求められるスキルや育成方針も、当然変わっていかなければなりません。ですから、一度作り上げた研修の形に固執せず、常に「刷新する覚悟」を持っていたいと思っています。
― 変化に対して、組織全体で前向きに取り組んでいるのですね。
はい。ありがたいことに、VPをはじめとする組織長たちもとても協力的で、むしろ彼らの方が「もっと変えたい」という欲求が強いほどです(笑)。「最近の潮流に合わせて、こういう要素を盛り込んだ方がいいんじゃないか」といった提案をもらうことも頻繁にあります。「本当に今、これが最適なのか?」という問いが常に組織内にあるので、活発な議論の中から毎年プログラムが進化していきます。
また、受講したメンバーからのフィードバックは、私たちの大切な財産です。彼らからもらった厳しい意見も含めて真摯に受け止め、次の年の研修に必ず反映させる。ブートキャンプが毎年アップデートされ、進化し続けているという姿勢を見せることが、協力してくれる社員や、これから新卒入社していただくメンバーからの信頼に繋がると思っています。
この進化を止めずに、これからも技術だけでなく、人との温かい繋がりも含めた、一人ひとりのスペシャリストにとって最良のスタート地点であり続けられるよう、努力していきたいですね。それこそが、彼らの長いキャリアを支える、本当の意味での「記憶に残る体験」になるのだと信じています。