KTHスウェーデン王立工科大学で見た未来:日本とスウェーデンの学術と文化の架け橋

スウェーデンのストックホルムにあるスウェーデン王立工科大学(以降、KTH)を訪問しましたので、その内容をご紹介いたします。


渡航の目的は、

  1. KTH Japan Day 2024参加
  2. KTHでのゲストスピーカーとしての講義への参加

となります。

 

訪問したのは、2024年11月下旬。
地球環境の変化により日本の11月後半は冬を感じさせない気候ですが、ストックホルムは既に雪が若干積もっていました。

また、スウェーデンは高緯度地域に位置しているため、冬の太陽は低く、この時期は午後3時には既に真っ暗になります。

これまでスウェーデンには4回渡航していますが、冬の訪問は私にとって初めてでとても新鮮な感覚でした。

 

空港の道路には積雪

 

KTH Japan Dayとは

KTHで開催される「KTH Japan Day」とは、日本とスウェーデンのアカデミックとビジネス界をつなぎ、学術交流や留学、起業を目的としたイベントです。

ストックホルム内にある5つのKTHキャンパスで、日本の大学や企業とプロジェクトを行う研究者、日本語コースを履修している学生、日本の公式協定校からの交換留学生が集い、政府関係者および日系企業と出会う場所として2024年に開催されました。

詳しくは、公式ホームページをご確認ください。

 

今回、KTHからご招待をいただき、参加させていただくこととなりました。

イベントの開始前には、スウェーデンの伝統であるFika(ティータイム)を通じて懇親を深めました。

 

FIKAの様子

 

KTH Japan Day 2024のレポート

このイベントは、KTH言語コミュニケーション学科、国際課、在瑞日本大使館のコラボレーションイベントとして開催されています。プログラムは参加者に合わせた内容となっており、在瑞日本大使、Sweden-Japan Foundation, 日本学術振興会 Stockholm、JETRO London、在日スウェーデン大使館員からの挨拶が行われ、両国の交流について語られました。

 

スウェーデン人の日本留学、日本人のスウェーデン留学案内、企業による交流の促進などのトピックの紹介がありました。
また、冒頭、スウェーデン人による「剣道の演武」が披露され、日本文化を直接体感できるデモンストレーションも大いに盛り上がりました。


当日のアジェンダは、KTH Japan Day 2024の公式ホームページにてご確認いただけます。

会場には、多くのKTHの生徒さんや招待された政府・企業関係者が集まり、日本に対する関心の高さが伝わってきました。

 

KTH Japan Day 2024会場の様子

Japan Dayで私が興味深かった内容を抜粋し、紹介させていただきます。

 

エンジニア育成の為の日本語クラス

KTHには日本語のエンジニア育成のクラスが設けられており、4種類の難易度で設定されています。
私が興味を持ったのは、最も難易度の高いB1クラス向けの授業のデモでした。
その授業はネイティブな日本人の会話スピードで進み、技術ワードもふんだんに盛り込まれていました。

 

4つの日本語クラス

「熱交換素子」に関する東京大学の先生の解説映像が流れた後、生徒が質問に答えるデモンストレーションが行われました。

映像内の解説は技術的に非常に複雑で、日本人でさえ答えるのが難しいと感じました。科学技術についての説明が日本語ネイティブのペースで行われ、その授業の質の高さが確認できました。

このカリキュラムであれば、日本で働くために必要なエンジニア向け日本語スキルを十分に習得できると実感できました。

 

両国の関係者によるパネルディスカッション

パネルディスカッションも実施されました。

KTHのエネルギーテクノロジー分野の教授、学士課程3年生の生徒、日本の大手電機メーカー、日本の商社の方々によって、スウェーデンのエンジニアが、日本企業で働く際の留意点などについて活発な意見交換がされました。

 

パネルディスカッションのメンバー

現地の日本企業の方の話で興味深かったのは、スウェーデンの社員はワークライフバランスを考えて働く、日本人の場合は、仕事を中心にワークライフバランスを考えることについての違いの紹介です。

また、KTHの学生の方からは、誕生日でも遅くまで働く日本人への懸念の指摘もあり、欧州と日本の文化の違いを痛感させられました。

 

これらの課題は、日本企業が従来から抱えていましたが、日本企業がグローバルで活躍する為、改めて重要な点だと痛感させられました。

海外に渡航する度に感じるのは、日本のサービスレベルは世界一だと、感じることが多いです。しかし、そのサービスレベルを維持するのに、どれだけ多くの時間を費やしているのか、海外との差を感じます。多少サービスレベルを落としてでも、生産性を意識して労働することも大切なのかもしれません。

 

充実した留学制度

KTHの学生には、大変充実した日本への留学制度が用意されており、その概要が複数の政府系関係者から説明されました。

 

日本大使館より両国で活発に行われている共同プロジェクトや共同研究の事例が語られ、文部科学省からは日本政府による国費での留学制度についての説明、スウェーデンジャパンファウンデーション スカラーシップ制度JSPSからは、フェローシッププログラムの説明がされました。

また、日本の大手航空会社からも、リサーチレポートコンテスト(アイデアレベルでの応募)による日本への渡航費用と宿泊費用が提供されるそうです。

 

留学支援制度の例

KTHは、日本の12大学と提携しており、交換留学も実施しています。

JETRO支援のビジネススピーチコンテストに学内から初めて申し込んだ生徒さんの表彰があり、受賞者のコメントでは「日本語を勉強したことによって多くの機会の獲得と海外との交流ができて嬉しい」というコメントがありました。

日本語を学ぶことで、将来に向けて価値のある機会が得られたということで、日本人としても嬉しく思いました。

 

KTHでは、日本への短期・長期の留学や研究訪問を支援する素晴らしい制度が数多くあり、アカデミックレベルでの交流が非常に盛んであることを理解することができましたし、留学支援制度のメモを熱心に取る生徒さんも多かったことが印象深かったです。

 

KTHと日本の大学との交換留学先

 

懇親会

Japan Dayの二部では、懇親会が開催され、「牛丼」や「和菓子」などが振る舞われました。どの食事も大人気で長蛇の列ができ大盛況でした!

 

様々な日本食が提供

 

KTHの授業への参加

ここからは、今回の訪問の最大の目的でもある、KTHの学生に講義をさせていただいた内容となります。

 

KTHの敷地の様子

私は、エンジニア向け日本語を学ぶ3つのクラス向けに特別授業を実施してきました。
改めて、KTHでは、下記の4つのコース(全てエンジニア向け)が設けられています。

 

「Japanese for Engineers」
①A1.1(初級)
②A1.2(JLPT N5 level)
③A2(JLPT N4 level)
④B1(JLPT N2/3 level)
※B1のみ東京大学監修の教材を使用

 

私が授業をさせていただいたのは、①と②と③のクラスとなります。
②③のクラスにおいては、今回の私の授業に関心を持つKTHの学生さんや三菱商事様、在スウェーデン日本大使館の方々も、オブザーバーとして参加してくださいました。

 

授業を行った芸術的な美しい講堂

 

学生向けの日本語授業の体験

私の授業の直前には、通常の日本語授業が実施されましたので、どの様な授業内容だったのか、実際に参加させていただきましたので簡単にご紹介致します。

授業は、下記の様な内容でした。

 

  • 漢字の構成の説明(偏と旁)
  • 文法、助詞、送り仮名の使い方
  • 数の数え方、物や人によって助数詞を使い分ける方法
  • 現在形、過去形の表現方法
  • ドキュメント作成の際の書体について

 

浮世絵を利用した教材も活用

日本の伝統的な浮世絵など、日本文化も同時に学べる写真教材を利用しながら、授業は行われていました。また、座学だけではなく、グループワークを取り入れ、隣の人と一緒に質問、回答を練習する「ロールプレイ」や、先生から生徒に質問を投げかけるインタラクティブな授業を行っていたのが特徴的でした。
座学だけの授業よりも、集中力も高まりますし、楽しみながら学ぶ工夫がされていました。

 

日本人の私でも、授業を聴講する中で、少し難しい点などありました。
助詞の使い方など、文章で書く際には意識しますが、会話での使い方は、結構雑になってしまっていて、生徒さんの方が私よりも綺麗な日本語を話せるのでは?と感じました。

 

初級の日本語コースとはいえ、日本語フォントについても解説されるなど、エンジニアを意識したカリキュラムになっていました。
Japan Dayの中でも、B1クラスの授業デモンストレーションが実施されましたが、エンジニアとしての会話力、日本語読解スキルが身につくカリキュラムとなっていて、来日してもすぐにエンジニアとして働くことが可能な人材が育つことが容易に想像できる内容でした。

 

文法のコンテンツ

 

特別授業の実施

ここからが、私の授業となります。日本で働くエンジニアの生の声を現地に届けて欲しい、というリクエストを頂き講義をさせていただきました。

 

講義内容(90分×2回)は下記の通りです。


タイトル:Work style of a data scientist working for a Japanese company
①自己紹介、リクルートの紹介
②日本のエンジニアがどの様な開発をしているのか
 今回は、私が行っている日本の大学との共同研究を紹介
③ヴィクトリア皇太子へのPepper、会話エンジンでの支援紹介
④日本で働く外国人エンジニアの概況について
 外国人労働者の国籍、職種、人数や日本語スキル、働くモチベーションの紹介
⑤日本企業とヨーロッパ企業の働き方の違いについて
 塩澤の実体験からメリットや留意点などを紹介
⑥グループディスカッション
⑦全体ディスカッション、質疑応答

 

講義スライド

 

座学での講義

①~⑤については、私が行っている日本の大学との産学連携による共同研究の概要、研究の中で利用している技術解説などを紹介しました。

ヴィクトリア皇太子が日本に来日した際に、ロボットと独自の会話エンジンにて支援をさせていただいた内容も、技術解説を行いました。
当時のスウェーデンのメディアでの紹介記事はこちら


また、私がフランス資本の企業で働いた経験と日本企業で働いた際に感じた、良かった点、注意すべき点、失敗してしまった点などについて実際の実例などを用いて紹介しました。
聴講してくださった学生さんは、日本のエンジニアの話を聞くのは、初めての方が多かった様で、とても真剣に最後まで話を聴いて下さり、また講義中にもうなずいてくださる学生さんもいらっしゃって、とても講義がし易かったです。

 

講義の様子

 

ディスカッションと質疑応答

ディスカッションでは、数名ごとのグループに分かれて、「日本で働きたいか?」、「日本で働きたい理由」について議論が行われました。
私もグループに参加して議論をさせていただきました。


私が参加したグループでは、ほぼ全員が日本で一度は働いてみたい、という意見で、「自分のスキルを磨くことができる」「まずは、お試しで短期間で働いてみたい」「日本の文化が好き」「美しい景色が好き」「食べ物が美味しい」という声をいただきました。
また、ディスカッション後のアンケートでは、9割以上の学生さんが、日本で働いてみたいという結果となり、日本に対して魅力を感じている学生さんが多く、予想以上にポジティブな結果でした。

 

ディスカッションと質疑応答

 

ディスカッション、質疑応答の際には、下記の様な質問をいくつかいただきました。

  • 日本は労働時間が多いのでは?
  • サービス残業はあるのか?
  • 仕事は見つけやすいのか?
  • 日本の給与水準は?(欧米企業に比べて)

やはり、Japan Dayでも語られていた通り、日本企業に対する労働時間の長さやサービス残業の懸念は、持たれている印象でした。

 

授業への積極的な姿勢

講義をさせていただき、非常に印象深かったのは、授業に対して前向きな姿勢の生徒が多かったことです。
座席は好きな場所に座ることができますが、多くの方が前方に座ってくださいました。また、授業中だけではなく、授業後も積極的に発言をし、先生と生徒、生徒同士の活発な会話のやり取りが特徴的だと思いました。
日本よりも先生と生徒の距離の近さを感じたのが正直なところでしょうか。

 

今回の講義を聴きたいという、KTHに留学している日本人の学生さんが10名程参加してくださいました。
スウェーデンに留学していると、日本で働く先輩の情報を入手する機会が少ないということで、講義後も、追加の質問を受けたり、や当社に入社したいという学生さん等とも話をしたりすることができました。

もし、将来KTHに留学していた日本人の方と一緒に働く事ができたら、とても嬉しく思います。

 

授業後に多くの質問等も受けました

 

ワークライフバランスの重要さ

繰り返しになりますが、日本で働く際の留意点として、何度も話が上がった点、「ワークライフバランスの重要さ」については、授業を通して改めて痛感させられる結果となりました。
日本企業=長時間労働という印象を持たれてしまっています。
日本企業が海外に進出する際だけではなく、日本で優秀な労働者を確保する為にも、労働時間マネージメントは重要です。
定時の時間内に生産性高く働く大切さは、自分の働き方も考えさせられる良い機会でもありました。

 

参考までに、現地では、夜間のスーパーのレジ打ちバイトの時給は5,000円程度とのことでした。
日本だと、応募者が殺到する条件かもしれませんが、スウェーデンだとプライベートの生活を大事にする為、それ程人気がないという話を聞くことができました。

 

最後に

授業の休憩時間に、私の隣に座ったコンピュータサイエンスを専攻する学生さんと少し話をする機会がありました。
現在の個人研究の内容を見せていただきましたが、高度な機械学習の研究に取り組んでおり、私達企業エンジニアのレベルに近い研究を行っている様子でした。


学生さん全体の性格についても、非常に真面目で授業への積極性を感じましたが、授業終了後は、控えめで協調性のある雰囲気が印象的でした。
KTHの学生さんは、エンジニアとして非常に高いポテンシャルを持ちながら、日本語も学ばれている点、日本人との性格的な相性の良さから、日本企業の中でも活躍できる人材であるという印象を持ちました。
ぜひ、将来一緒に働けるよう、また選んでいただける様に、私自身も身の引き締まる気持ちになりました。


最後に、今回のKTH Japan Day 2024への招待と授業へのお誘いをくださり、非常に貴重な機会を提供くださいました、Akiko Shirabe先生とTorkel Werge先生に、心から感謝申し上げます。

 

16KTHTシャツ