特許引用分析入門:優れた特許とは何か?
大録 誠広
私は現在、外部研究者との共同プロジェクトとして、経済成長と知的生産に関する研究を行っている。前回の記事(/assets/atl/blog/5170/ )では、イノベーション一般とネットワーク成長の理論について書いたが、本稿ではもう少し具体的に、知的生産の結果としての特許分析の進め方や分析で生じるバイアスについて解説したい。
特許と引用
特許とは、発明者に対して国家が、発明の公開の代償として一定期間独占的に使用する権利を与える制度である。日本特許、米国特許、欧州特許(EPO 特許)、PCT 特許(特許協力条約(Patent Cooperation Treaty)に基づく出願による特許)などは原則インターネットで特許原文献が公開されており、ユニークに識別するための特許番号が付与されている。
特許の引用を見ることで、発明に使われた知識がどう伝播していくのかを理解することが出来る。特許や論文の引用分析においては、過去(時間軸で後方)に公開済みの文献を引用する場合は「後方引用(backward citation)」、将来(時間軸で前方)に後続の文献によって引用されている場合は「前方引用(forward citation)」と呼ばれる。
例えば Fig.1 のケースでは、分析対象である特許 b の後方引用は特許 a のみで 1 件、前方引用は特許 c,d の 2 件である。特許 b の出版に際しては特許 a を参考にし、また後に特許 c と d に影響を与えたということが分かる。
特許の価値とは
優れた特許とそうではない特許をどう区別すれば良いだろうか。
Hall et al. (2005) や Kogan et al. (2017) などは、特許の価値を科学的な価値とビジネス的な価値の二つに分けて論じている。特許の前方引用の数は、後にどれだけ多くの新たな特許に影響を与えたかということだから、科学的な価値を判断する良い指標である。したがって、ある会社の研究開発能力は、前方引用の数で重み付けした特許数で測ることが出来る。しかし、科学的に重要な特許を出版することは必ずしもその会社のビジネス的な成功に繋がるわけではない。
Kogan et al. (2017) は、特許のビジネス的な価値を株価の変化と投資家たちの予測から測定することを提案している。特許の発行日に、市場は特許出願が成功したことを知る。特許 j が認可された日の株式市場の反応 ∆ は、以下の数式の様に表される。ここで、πj は特許申請が成功するという市場の事前確率評価、ηj は特許 j の金銭的価値である。すなわち、特許申請が間違いなく成功する(πj = 1)と投資家たちが事前に予測していれば、既に市場に織り込まれているため株価の上昇は起こらない(∆ = 0)。
∆Vj = (1 − πj)ηj
この様に、株価の変化を特許価値の評価にそのまま使ってしまうと過小評価となるので、事前確率評価の値を過去の実際の認可率などから別途推定し、バイアスを除去する必要がある。
将来の引用について補正する
前節で述べた様に、前方引用の件数は個別の特許の科学的価値の計測に用いられる。ここで問題となるのは、将来の引用は現時点ではまだ観測されていないため、欠損データとなり、現時点での前方引用の件数だけを使うと特許の科学的価値を過小評価することになる。Fig.2 において、将来の特許 e からの引用がこの欠損データに該当する。
Kogan et al. (2017) では、この問題に対して以下の様に補正を行なっている。企業 f の知的生産 Θcwf,t を、前方引用数で重み付け(citation weighted)した特許数を用いて以下の数式の様に表す。ここで、Cj は特許 j の前方引用の総数、補正項 Cˆj は特許 j と同じ年に認可された特許の前方引用の平均である。
まとめ
本研究では、特許・特許間だけでなく特許・論文間の引用にも着目して、以上に述べた観点の分析をおこなっており、公的機関と民間企業における新知識の生産と伝播のメカニズムを明らかにしたいと考えている。
参考文献
- Hall, Bronwyn H, Adam Jaffe, and Manuel Trajtenberg, "Market value and patent citations," RAND Journal of economics, 2005, pp. 16–38.
- Kogan, Leonid, Dimitris Papanikolaou, Amit Seru, and Noah Stoffman, "Technological Innovation, Resource Allocation, and Growth*," The Quarterly Journal of Economics, may 2017, 132 (2), 665–712.