磁気センサーを活用した未来の物体位置検知技術の検証 その2

こんにちは、リクルートATL(アドバンスドテクノロジーラボ)でIoT関連の研究を行っている菅原です。
IoT技術では、さまざまなセンサーを組み合わせることで、複雑な機能や効果を提供することが可能です。
今回の取り組みでは、センサーの1つである地磁気センサーを、通常の用途以外で活用する可能性を検証したいと考えています。

 

前回の報告では、地磁気センサーを単体で使用することで、開きドアの開閉を検知できることをお伝えしました。前回のケースでは、センサーが測定した3次元座標と、センサーが対象とする磁場の3次元座標との相対的な位置関係の変化により、地磁気に対するセンサーの出力値が変動し開きドアの開閉を検知できました。
しかし、同様な仕様で引き戸に対して実施すると、開閉を検知できませんでした。これは、開きドアの開閉軌道が2次元であったため、地磁気座標と測定座標の位置関係が2次元で変化しているのに対し、引き戸は開閉軌道が1次元であるため、地磁気座標と測定座標の位置関係が1次元で変化し変化量が微小になっているからだと考えられます。
変化量が微小になる原因は、地磁気極とセンサーの距離が遠いためと考えられ、引き戸の近くに磁極を設置することでセンサーとの距離が近くなり、測定変化量が増大すると開閉を検知できる可能性があります。
通常の引き戸の開閉検知は各戸ごとにセンサーを戸の端に設置し、それに対して適切な位置に磁石を設置することで行われますが、この仮説が成り立つ場合、各戸ごとにセンサーを戸の任意の位置に設置し、磁石も近くに1つだけ設置することで設置に制約がなくなり適用範囲が広がると期待されます。

 

 

磁気センサーで引き戸の開閉を検知する仕組み

 

磁気センサーのX軸を引き戸の開閉方向と並行に下図のように設置し、ドアの開閉を検知する方法について考えてみました。

 

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図1: 磁気センサーで引き戸の開閉を検知する仕組み

 

引き戸に取り付けられたセンサーの測定空間座標は、引き戸の開閉時に引き戸とともに移動するため、絶対座標値を使用した判定は実現が難しいです。 そこで、座標値を初期設置座標からの距離に変換し、その距離の大小に基づいて位置判定を行う方法を検討しました。
引き戸の開閉検知で必要な分解能は、②引き戸が施錠可能な最小値分(8mm)開いた状態を検出できるかという点です。
この分解能が確保されると、870mmの可動域をもつ開きドアでは108箇所の位置を判別できるようになります。
具体的な手順としては以下の通りです。

 

1. 引き戸が閉まっている状態では、初期設定値(基準値)を取得します。
2. 引き戸が施錠可能な最小値分(8mm)開いている状態では、必要な最小移動判定状態の値を取得します。
3. 測定された値は分散するため、判定の際には閾値を利用します。
4. 上記の2つの状態の測定値の中間座標を中点座標とし、初期設定座標値と中点座標値の距離を判定の基準値とします。

 

この方法により、引き戸の開閉状態を測定する際、初期設定座標からの距離を用いて引き戸の開き具合を判定できます。
このアプローチにより、絶対座標を使用せずに相対的な移動を基にした判定を行うことが可能です。
詳細な設定や閾値の調整など、実用化に向けてさらなる詳細な検討が必要ですが、これにより引き戸の開閉状態を確実に判定する方法を提案できていると思います。

 

具体的には、以下の通りです。

 

<初期設定座標の測定>

・引き戸にセンサーを取り付け引き戸が閉まっている状態でセンシングを行います。
・X軸、Y軸の地磁気を50回センシングし、最大値、最小値を除き平均をとった値を初期値として保持します。
X軸の初期値座標:Xa Y軸の初期値座標:Ya

 

<判定値決定>

・引き戸にセンサーを取り付け施錠可能な最小値分(8mm)開いている状態でセンシングを行います。
X軸、Y軸の地磁気を50回センシングし、最大値、最小値を除き平均をとった値を施錠可能な最小値として保持します。
X軸の施錠可能な最小値座標:Xb Y軸の施錠可能な最小値座標:Yb
・X軸、 Y軸それぞれの初期値と施錠可能な最小値の中点座標を算出します。

 

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・判定値を初期値と中点座標の距離から算出します。

 

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<開閉時判定>

・センサーを取り付け後、ドアがある状態でセンシングを行います。
X軸、Y軸の地磁気を50回センシングし、最大値、最小値を除き平均をとった値を測定値座標として保持します。
X軸の測定値座標:Xd Y軸の測定値座標:Yd
・X軸、 Y軸それぞれの初期値座標と測定値座標の距離を測定値とし算出します。

 

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・算出した測定値と判定値を比較し開閉状態を判定します。

 

La ≧ Lb :閉状態
La < Lb :開状態

 

上記は、前回のご報告でさせていただいた内容と同等ですので、今回の報告では、開き戸とは違い引き戸は開閉軌道が1次元であるため必要な分解能(8mm)が達成できるかの実証実験をいたしました。

 

実証実験概要

 

地磁気センサーを1mmずつ移動してデータを測定します。
・地磁気センサーを0mm地点から1mmずつ離し(移動距離:L)、各位置での地磁気情報を取得する。
・地磁気センサーが測定可能な状態(センサーが静止)となってから一定時間経過後に50回センシングする。
開閉状態が判定できる最小の移動距離:Lを測定します。

 

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図2:磁気センサーでドア開閉状態が判定できる最小の移動距離の測定

 

⚫︎使用する地磁気センサー
メーカー:ROHM 型番:BM1422
磁気感度:0.042μT

 

実証実験結果

 

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図3: 開閉状態が判定できる最小の移動距離:Lの測定結果

 

評価

 

上記の結果から、新たに考案した磁気センサーを用いたドアの開閉検知ロジックが、引き戸の近くに磁極を設置することで利用できる精度(8mm)を確保していることを確認できました。
通常、ドアの開閉検知は磁石と磁気センサーの1対1の組み合わせで行われますが、今回の実証実験では測定対象の磁場として引き戸の近くの磁極を利用したため、複数の引き戸の検知も各引き戸に磁気センサーを設置するだけで検知することが可能です。
これにより、電子錠にドアの開閉検知機能を組み込むことができ、引き戸の自動施錠のような、より高機能な利用方法が期待されます。
磁気センサーでの開き戸だけでなく引き戸の開閉状態を検知できる可能性が示されました。
このような発見は、センサー技術の新たな可能性を開拓する上で興味深いものと言えます。
今後は、この概念を応用して、さまざまな用途において地磁気センサーを活用する方法を検討していきたいと思います。