深セン・香港のスタートアップ事情 vol.1
牧 允皓
こんにちは、データテクノロジーラボ部(以下、DTL部)でオープンイノベーションに取り組んでいる牧です。先日、海外スタートアップ(特にイスラエル)との取り組みについてご紹介しました。https://recruit-tech.co.jp/blog/2018/10/12/israel_startup/
今回は新たな取り組みとして、深センと香港に行ってきました。
現地で肌で感じたことをお伝えしたく、3回に分けてお届けしたいと思います。
1回目となる今回は、私達が深セン、香港に渡航した背景を、現地の特徴と併せてご紹介します。
なぜ深セン・香港なのか
前回の記事でも触れましたが、私達は機械学習、人工知能といったデータに関する専門技術を有する組織です。リクルートグループが提供する媒体で蓄積された膨大なデータから、新しい価値を生み出すことをミッションとしています。
データから価値を生み出すまでの過程は、ソフトウェア上で完結しているケースが多いと思います。しかしロボティクス、IoT(Internet of Things)といった分野の普及に伴い、ソフトウェアとハードウェアの境界は薄れてきたように感じます。(例えば検索エンジンで有名なGoogle社はGoogle Homeというプロダクトを世に提供していますよね。)
私達が今目指しているのは、この流れにきちんと乗っていくこと。これまで開発してきた技術やソリューションを、ハードウェアに載せることで一段階進化させたいと思っています。
参考:総務省メールマガジン「M-ICTナウ」2018年9月第2号「実装の進むAI・IoT」
これまで機械学習、AIといった分野に注力してきた私達は、ハードウェアは素人です。そこで外部の企業との協業という選択肢が出てくるわけです。イスラエルについて紹介した記事でも触れましたが、国の文化や歴史、税法、国政などによって形成されたスタートアップ企業は、国地域によって様々な特色をもっています。そしてハードウェアに特化した地域、それが深センです。
深セン・香港視察のコーディネイト
まず深セン、香港の現状を視察するにあたり、現地の事情に精通した方が必要です。私達は株式会社iAX様に渡航をコーディネイトしていただきました。代表の馮様は、香港サイエンスパークの日本代表を経験しており、日本企業の中国進出をサポートした実績が豊富でした。特に今回、現地の自治体が支援しているインキュベーション施設も訪問しましたが、なかなか独力で面談の機会は得られない施設だと思います。
ハードウェアのシリコンバレー:深セン
有名な話ですが、深センはハードウェアの分野で特異な都市です。中国の中でも歴史が新しく、ちょうど昨年末に改革開放40周年記念の催しがありました。経済特区に指定されて以来、製造業の成長が目覚ましい都市です。
北京、上海は政府、企業の中枢が集まっており、基礎研究、マーケティング、金融などに強いそうです。一方で深センという都市は中枢から離れ、様々な実験的な試みに取り組んできており、言葉通りベンチャー精神を奨励していたようです。製造業のパーツ、エンジニアが集まり、挑戦的な実験を奨励するサイクルが、現代のエコシステムを確立してきた都市です。
滞在中に感じたのは、製造に関わるエンジニアが身の回りに多いということです。例えばスマートフォンの画面が割れたとき、日本では然るべき窓口や業者に修理を依頼すると思います。ブランドによっては限られた正規店舗でしか修理できないと思いますが、深センの華強北には、修理を請け負うエンジニアがたくさんいました。「知人に頼んで、明日までに」といった、デバイスに秀でた人と日常的に接する世界でした。
中国の資本主義・合理主義
昨年末、PayPayのキャンペーンで盛り上がっていましたが、QR決裁、あるいはオンライン決済が急速に普及してきています。中国では日本よりも早くWeChatやAlipayが普及していましたが、その根底には利便性を追求する中国の資本主義基質があるようです。
現地の方々から聞いたことですが、中国では法律で定められていない事柄は実施して良い、というスタンスのようです。日本ではむしろ逆の感覚を持つ傾向があると思います。しかし中国では、グレーゾーンの法律は状況に応じて解釈していくようです。(参考:書籍「曖昧な制度」としての中国型資本主義)
たとえば、QR決裁などはセキュリティ観点で非常に多くのことを考えなければいけません。リスクが大きい場合は法的な説明責任も考えなければなりません。しかし中国ではそのような難しさを感じさせない速度で広がりました。一度ブレーキを踏みリスクを排除した後に拡大する、というスピード感は中国では通用しないのかもしれません。
中国でモバイル決済が普及した "本当" の理由
http://horamune.hatenablog.com/entry/2017/08/30/230122
一方で仮想通貨、ドローンのように政府によってしっかり規制されている分野もあります。このあたりの判断が非常に合理的にも感じます。
中国政府の動き
現在、中国共産党が政権を握っていますが、政党の企業との付き合い方も非常に明確です。政府は開拓したい分野に非常に多額の投資をしており、必然的に政府が求めている分野で多くスタートアップ企業が生まれてきます。
スタートアップに限らず、大企業に対しても大々的な支援をしています。政府を支援する企業には、オフィスの中に役所の窓口が設置され、社員にとって便利で魅力的な会社になるわけです。
政府が積極的に自国の産業の舵を切ることで、非常に大きな推進力を得て経営できるようです。勿論このような取り組みは一長一短ですが、ここ数年の中国の躍進を見ると、上手く機能しているのではないかと感じてしまいます。政府と国の関わりについては連載3回目に詳しく触れる予定です。
香港の役割
私達は香港滞在中、HKSTP(Hong Kong Science and Technology Parks)を訪問しました。そこでは多くのスタートアップ企業がHKSTPを拠点に研究開発しており、様々な企業や投資家のハブの役割を担っています。HKSTPに限らず、香港の特徴についてお話を聞けました。
香港の特徴の1つは、中国が有する巨大マーケットへのゲートウェイになっている点です。香港ではビジネスでは英語が通じるので、海外の企業や投資家と非常に親和性が高いようです。また深センまで鉄道や車を利用して1時間程度で移動でき、中国本土へのアクセスも抜群です。これは中国側から海外に技術や商品を輸出する場合にもメリットになっています。
Great Bay Areaと呼ばれる香港、深セン周辺の特区では、前述のような流れを促進すべく様々な取り組みが行われています。私が一番衝撃を受けたのは、香港政府からイノベーションとテクノロジーへの支援として約500億香港ドル(約7000億円)もの予算がついていることです(2018-2019年)。アメリカや中国も政府が多額の予算をもって投資していますが、国の人口やGDPを考えると香港のそれは驚異的です。他にも法人税が一律といった税制のメリットもありますし、インターン、ポスドクの採用支援も政府が行っています。中国と世界の両方を視野に入れて起業ができる環境が、香港には用意されているようです。
まとめ
海外のスタートアップと協業し、R&Dを加速させる取り組みですが、今回は中国について報告しました。今回は連載の第一弾ですので、中国の生活編と企業編をお楽しみに。