【リクルート シニアPdMの思考File vol.01】「調整」はしない。ビジネスを"多目的最適化問題"として解き、住まい事業を非連続に成長させる ー『SUUMO』立花優也

  

プロダクトマネジメントは、フレームワークの提案や発信は進んでいる一方で、明確な「型」がまだ広く浸透しているとは言い難い領域です。だからこそPdMには、通常の視点にとどまらない、より高い視座が求められます。特に大規模かつ多層的な事業においては、既存のフレームワークをなぞるだけでは突破できない壁が存在します。

リクルートには、多様な領域で“突き抜けた強み”を持つ限られた数のシニアPdMが在籍しています。彼らはいかにして複雑な事象を構造化し、最適解を導き出しているのか。本連載では、社内でも一目置かれる「異能」たちの独自の思考プロセスに焦点を当てます。

第1回となる今回は、『SUUMO』の賃貸領域や経営陣直下の重要戦略案件を担う立花優也が登場。R&D出身のエンジニアリング背景を持ち、ビジネスの最上流までを横断する立花。様々な要素が互いに影響を及ぼしあう住まい領域の複雑なバリューチェーンを構造化し、「多目的最適化問題」という数式の型で捉え直す。PdMとしての軸は、その徹底したシステム思考にあります。立花のプロダクト論から、難題に挑むPdMへの新たなヒントを探ります。


「All Win」の解は探すのではない。新たな構造として自ら「創り出す」

――立花さんは現在、住まい事業の非連続な成長を実現させるプロジェクトを主導されていると伺いました。

立花:そうですね。私が今取り組んでいるのは『SUUMO』というメディアの成長のみならず、いわば、住まい探しに関わるあらゆる変数を構造的に捉え、そのネットワーク全体を最適化するチャレンジ。いちプロダクトの課題を解決するといった分かりやすい話ではなく、不確定要素が多く、一筋縄ではいかないミッションです。

たとえば、賃貸領域一つとっても、物件の取得から入稿・掲載、メディアでの物件探し、そして内見、成約、入居に至るまで、プロセスごとに多種多様なステークホルダーの利害が複雑に絡み合っています。これほど大規模かつ複雑なプロダクトになると、一つの変更が全体にどう波及するかをシミュレーションするだけでも一苦労です。

多くの現場では、こうした状況を「関係各所との調整」で落としどころを探り、乗り切ろうとします。しかし、それは誰かの妥協の上に成り立つものであり、本質的な解決には至りません。各ステークホルダーの利害や、プロダクトが及ぼす影響を捉えた上での「最適化」と、全ての関係者がAll Winになる答えを徹底的に考え抜くことが必要だと考えています。

――「誰かが得をすれば誰かが損をするという」トレードオフを、単なる妥協で終わらせてはいけないと。

立花:はい。たとえば、「ユーザーにとって最高のUX」と「クライアントの事業成長」は必ずしも一致しません。さらには「法規制への適応」や「大規模システムの安定運用」なども、考慮すべき要素は無数にある。これら、時に相反する要素を高次元で満たす「All Win」の解は、与えられた枠組みの中を探して見つかるものではありません。変数の関係性を解きほぐし、新たな構造として自ら「創り出す(設計する)」ものです。その針の穴を通すような次元の高いアプローチにこそ、PdMの介在価値があるのではないでしょうか。私はこれを、N次元の多目的最適化問題と捉えています。

立花 優也(たちばな・ゆうや)/(株)リクルート プロダクト開発 サービスデザイン室 販促領域プロダクトデザイン1ユニット(住まい) 住まい領域プロダクトデザイン1部 部長

――ロジックとしては完璧な『All Win』の解を出したのに、実務を担うメンバーの反発があった経験はありますか?

立花:例えば、データやロジックに基づいて「これがマッチングの最適解だ」というロジックを導き出したとします。しかし、それを実際のプロダクトや現場のオペレーションに落とし込もうとすると、「感情」や「慣習」といった不確定要素に阻まれて、期待通りに機能しないこともあります。

具体例を一つ挙げます。以前、『SUUMO』のカスタマーサクセスがカスタマー(住まいの探し手)を接客する際のシナリオを設計したことがありました。過去の調査結果と様々な指標、数字を踏まえ導き出した理想的な接客シナリオとフローという確信を持っていましたが、カスタマーと直に接点を持つ最前線のメンバーからは、カスタマーへのサービス提案自体を躊躇う声も少なくなかったんです。

――具体的に、どんな声が挙がっていたのでしょうか?

立花:「(そこまで踏み込んだ提案をして)カスタマーに煙たがられるのではないか」「そのシナリオが、全ての住まい探しユーザーに刺さるとは限らない」といった声が大きかったですね。これらの反応は、カスタマーと日々向き合う実務担当者だからこそ、自身の施策が本当にカスタマーのためになっているか確信を持てない中で生じる、心理的抵抗感の現れでもあります。ここで「データがあるからやってくれ」とロジックで押し切ろうとすると、メンバーの心が離れてしまい、組織というシステムが壊れてしまいかねないと危惧しました。とはいえ、こうした心理的な障壁は組織を動かす上で巨大な摩擦となってしまいます。取り除かなければ先に進めません。

――摩擦を取り除くために、何をしましたか?

立花:組織全体を一気に動かすのは得策ではないと思い、まず「施策に共感してくれたメンバー」を選定し、新しいシナリオをカスタマーに提案してもらいました。そして、そこで得られた結果をチームに共有することで、この施策の勝ち筋を証明することにしました。

――いわば、局所的なPoC(実証実験)をやられたと。

立花:そうですね。具体的には、「ロジック(数字)」と「感情(安心感の醸成)」という2つの側面からアプローチしています。まず、「ロジック」は、成果(数字)を示すのが最も手っ取り早い。実際に提案が受け入れられた件数や割合などを示すことで、「脳」を納得させます。そして「感情」へのアプローチについては、実際に「踏み込んだ提案」を行った際のカスタマーの反応を知ることで、「心」を安心させることが望ましいだろうと考えました。そこで、許可を得た上で商談の内容を録音し、顧客接点チームのメンバーに聞いてもらったところ、その表情には明らかに安堵の色が見えました。カスタマーは怒るどころか「そこまで考えてくれてありがとう」と感謝している。「煙たがられるかも」「嫌われるかも」といった不確実な不安(ノイズ)は払拭され、組織運営における摩擦を取り除くことができました。

人の感情を無視せず、かといって迎合もせず、「安心感」という変数をPoCで担保してから実装する。これもまた、組織を動かすためのアーキテクチャ設計だと思っています。

なぜ「内部仕様」にまで執着するのか

――All Winの「一点」を設計するために、立花さんはデザインからエンジニアリングの細部まで、驚くほど高い解像度を持とうとされていますね。

立花:デザインやエンジニアリング、アーキテクチャの領域にまで踏み込む理由は、単に知りたいからとか、知識をひけらかしたいからではありません。PdMとして、自分が理解していないブラックボックスがあるなかで判断を下すことの怖さを経験してきたからです。

たとえば、アーキテクチャに対する理解が薄いPdMが、長期的なシステムの運用を見据えることなく独断で「A案で行こう」と決めてしまうと、後から取り返しのつかない負債を生んでしまうかもしれない。あるいはデザインやエンジニアリングに関する知見がないばかりに「実現不可能な空論」を振りかざし、チームを疲弊させてしまうこともあるかもしれません。

――実際に、エンジニアリングの深い部分まで入り込んで議論することもあるのでしょうか。

立花:キャリアの初期から、内部仕様にごく一部でも理解の及ばない部分があると、最適な選択肢を選べているか不安で仕方がありませんでした。だから今でも、アルゴリズムの仕組みやデータの構造について、エンジニアやデータサイエンティストと本質的な議論ができるレベルまで理解を深める努力を続けています。

たとえば、以前に『SUUMO』のUX刷新プロジェクトにPdMとして携わった時のことです。『SUUMO』は2009年から続く巨大なメディアであり、当時の設計思想としては正解だったログ基盤も、これからの高度なAI学習を前提とすると「データの粒度や構造」にアップデートの余地がありました。この既存のデータ構造の上にそのまま新しいUXを乗せることが、本当に「最適な選択肢」なのか?私の中で疑いが生じました。

――疑いが晴れぬまま、プロジェクトをゴリ押しすることはできないと。

立花:そうですね。『SUUMO』にはユーザーの検索行動や閲覧ログから住まい探しの傾向を学習し、物件を表示するレコメンド機能が実装されています。この機能をより高度なAIモデルへと進化させ、全く新しいUXへと作り替えていくためには、土台となるログ基盤もその「未来のモデル」に合わせてアップデートすべきだと考えたんです。旧来のデータ構造のまま新しいAIに学習させても、その真価は発揮されません。むしろ、AIが過去のデータの偏りを学習するだけの「偏見増幅装置」になってしまうリスクすらあり、それでは長期的にCV(送客)やカスタマーのUXの“進化を妨げるボトルネック”になりかねないと考えました。

そこで、まずはログ基盤の最適化と、データ整備を優先させるべきだと考え、現場メンバーやエンジニアに提案しました。結果として、ログを徹底的に見直した健全なデータで学習した新モデルは精度が向上し、最短でビジネス的なリターンを出すことができました。加えて、正しいデータアセットの蓄積は、『SUUMO』の強力な成長エンジンにもなっています。「急がば回れ」を技術的なロジックで証明した事例と言えるのではないでしょうか。

――PdMの役割を超え、エンジニアの領域にまで踏み込んだ意思決定ができてこそ、プロダクトを圧倒的正解に導くことができるわけですね。

立花:はい。こうした「染み出し(*)」を当たり前にやることで、各部門のスペシャリストたちと対等に議論し、各部門の「局所最適」に翻弄されずにチームを最短距離でゴールまで導くことができる。それがPdMとしての誠実さだと思っています。
(*)自分の職種や担当領域を超えて色んなことに挑戦できること

――ここまでお話を伺っていると、立花さんはさまざまな不確定要素をあらかじめ「変数」として織り込んだうえで、最適解を割り出しているように感じます。

立花:意思決定をする際に、物事を「計算式」に当てはめて思考する癖が染み付いているのだと思います。『SUUMO』のようなサービスは特に、ビジネスモデルからシステムの構造まで、さまざまな変数が絡んでくる。それらを脳内に取り込み、最適化の計算精度を上げるためにはデザインやエンジニアリングの領域も含めてフルスタックであることが望ましいと考えています。

大学院で没頭した研究が「システムを解き明かす」思考のルーツに

――物事を「計算式」に当てはめる思考は、どのようにして培われたのでしょうか。

立花:ルーツを辿れば、大学院でシステム量子工学を専攻していた頃かもしれません。当時は物理現象だけでなく、世の中の複雑なシステムを数理モデルで構造化して解き明かす研究に没頭していました。

――ビジネスとシステム量子工学。一見遠い世界のように思えますが。

立花:私にとっては、今向き合っている『SUUMO』のバリューチェーンも、一つの巨大な「動的システム」に見えています。たとえば、賃貸の「物件取得→物件入稿・掲載→メディアでの物件探し→内見→成約→入居」というプロセス。ここには、ユーザーの意思決定という変数だけでなく、不動産会社側の入稿負荷や成約率といった、無数のパラメーターが互いに影響を及ぼし合いながら動いています。

ある変数を動かすと、別の場所で予期せぬ摩擦が生じる。その因果関係を解きほぐし、「どこにレバレッジをかければ全体が最も美しく動くのか」をシミュレーションするプロセスは、かつて研究室で数式をモデル化していた時と全く同じ感覚なんです。不確実なビジネスの世界を、安易な直感に頼らず「多目的最適化問題」という数式の型で捉え直す。この構造化の癖こそが、私のPdMとしてのOS(オペレーションシステム ※ここでは「基本的な考え方」の意)なんだと思います。

――おっしゃる通り、さまざまな要素がトレードオフの関係にある住まい探しのバリューチェーンは、多目的最適化問題の最たるものですね。いくつもの変数が介在する高度な数式を解くような、特殊技能が求められる。

立花:少なくとも、「CV(送客)を増やせば売上が伸びる」というシンプルな掛け算が必ずしも当てはまらないのが、住まい探しの領域です。なぜなら、『SUUMO』を含めた住まい探しのバリューチェーンは、「成長の限界(Limits to Growth)」の構造を持つ巨大な動的システムだからです。たとえば、無闇に『SUUMO』からの送客を増やしたとしても、いずれは不動産会社の「対応キャパシティ」という変数が限界を迎え、レスポンス遅延や品質悪化という「抑制ループ(Negative Loop)」が働き始めます。

――成長が鈍化すると、つい「もっと集客を増やそう」「UI改善をしよう」と、全力でアクセルを踏み込もうとしますが、それは得策とは限らないと。

立花:はい。そうした「自己強化ループ(Positive Loop)」ばかりに注目してしまうのは、危険です。ここでやるべきなのは、「今、アクセルを全力で踏んでシステムが壊れないか?」と冷静に判断し、成長鈍化の要因を取り除くことです。

――住まい事業を非連続で成長させるには、そうしたシステム思考のアプローチで課題を捉えることが重要なわけですね。

立花:そうですね。だからこそ私は、『SUUMO』というメディア単体で物事を捉えず、「物件取得→入稿→検索→内見→成約」というバリューチェーン全体を一つの「フローネットワーク」として設計しています。ここには無数の変数が相互に影響し合っていますが、制約理論(TOC)を用いれば、その時々でシステム全体のスループットを落としているボトルネックを特定できます。
不動産会社の業務で言うと、例えば「問い合わせ後の追客業務」がボトルネックだったとして、そこを解消して流れが良くなっても、次は必ず「内見対応」がボトルネックになる。さらには、内見数、成約数が増えて接客業務が忙しくなると、今度は物件取得、入稿業務に割く時間がなくなり、入り口である「物件入稿」が新たなボトルネックになるかもしれません。

PdMの仕事とは、目の前の詰まりを取るだけでなく、「次にどこが詰まるか」までを動的に予測し、全体のフローが淀みなく流れ続けるようなアーキテクチャ(業務とシステムの構造)を設計することだと考えています。

完成されたプロダクトなど、どこにもない

――『SUUMO』はすでに完成された、いわば「維持するフェーズ」だと思われがちですが、立花さんの見ている景色は違うようですね。

立花:全く逆ですね。今は本質的な業界の不を解決するための基盤を整えている段階で、むしろここからが本番。これからどんな景色が見られるのかというワクワク感しかありませんし、このワクワクを多くの仲間と共有したいと思っています。

今ある成功の方程式すら、これからの非連続な成長のためには、一度解体して最適化し直す必要があるかもしれない。そのパズルはこれまで以上に複雑で、難易度も高いでしょう。だからこそ、整理された綺麗な環境ではなく、この「最高難度の多目的最適化問題」を前に、知的好奇心を燃やせる方と出会いたい。

いきなり面接という形式である必要はありません。「自分ならこの複雑な課題をどうハックするか」、ぜひLinkedInなどから直接DMで意見を交換しませんか。フラットに議論できることを楽しみにしています。

▼ご興味のある方はこちら(立花 優也 - LinkedIn)
https://www.linkedin.com/in/yuya-tachibana/


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