組織で実現するUX~アナリティクス編~
間宮 浩平
はじめまして。サービスデザイン部・ウェブアナリティクスグループのグループマネージャーをしている間宮と申します。
企業には様々な意思決定のシーンが存在し、意思決定の精度は情報の精度に依存します。我々アナリストはサービスに関する様々な意思決定の精度を上げるべく、様々な情報を分析しています。
トップマネジメント層から現場まで、対峙する相手〈課題〉は多岐にわたりますが、本日は我々アナリストの仕事について、事例をもとにいくつかご紹介します。事例自体はサービス特有のものもあり、リクルートグループで一般的というわけではないのですが、少しでもアナリストの仕事を知って頂けると嬉しいです。
1.分析で Top Managementの「VISION」を支える
リクルートグループには「市場をこう変えていきたい」という「VISION」を大切にする文化があります。
先日、ある事業でサービスの価値定義を行う機会がありました。まずは徹底的な市場分析とカスタマー分析、そして内部関係者のヒアリングを行い、ステークホルダーの「想い」を乗せたVISIONを作り上げていきます。
サービスの価値を定義する方法は様々なアプローチ方法があるので、あくまで一例ですが、今回はアナリストが徹底的な定量/定性分析を行い、カスタマーが期待する価値の構造化を行いました。
例えば、ダイエットをする人の「痩せたい」というニーズの根本には「外見に自信を持って明るい自分になりたい」という期待があり、明るい自分になることで「友達を増やして楽しい毎日を送りたい」と思っていたりします。 このように、最終的に「その人がサービスを通して何を実現したいと思っているのか」、そして「サービスにどんな価値を求めているのか」を導いていき、サービスとしてどんな価値を提供すべきか選定していきます。カスタマーインサイトの抽出や構造化については、同じ部内にあるマーケティングリサーチグループがスキーム化に取り組んでいます。
2.精密なPDCA設計でVISIONを「絵に描いた餅」で終わらせない
こうして創り上げられたVISIONはサービスの理念となり、我々の行動規範となります。 サービスを取り巻く各タッチポイント(プロモーション、プロダクトなど)ごとに、サービスの価値定義に基づいて機能開発やコミュニケーション戦略を実行し、カスタマーの体験価値を最大化していきます。
サービスの価値定義が終わったら、モニタリングをしてPDCAを回していくためにKPIの設計に入ります。
通常はKPIと関係性の強いカスタマーの行動や意識を探し出し、モニタリング指標を選定していくのですが、「今、市場にない(満たせていない)価値を感じてもらいたい」とか「サービスを選ぶ基準すら変えていきたい」といったVISION型のKPIを探索していく方法としては、この方法はあまり適していません。なぜなら「今」の行動や意識を分析してKPIの構造化を行っても、「今」強く結びついている関係性しか見えてこないからです。
そこで、ある事業ではアクセスログと意識データから「共分散構造分析」という手法を用いました。かなりテクニカルな分析なのですが、この手法を用いると直接的なニーズや行動(観測変数)と潜在的なニーズ(潜在変数)双方を用いてモデリングできるので、潜在的なニーズを検証していく手法としては適しています。
通常、回帰分析などで積み上げられたモデルではKPIへの結びつきの強い指標を上げていくことが重要とされますが、VISION型のモデルではパスの強さを変える、つまりKPIの構造自体を変えていくこともモニタリング対象となります。
実際にモニタリング指標の設計をしていく際には、以下の2点に留意しています。
- 意識指標をできるだけ定量的に判断できるログや行動指標に変換する
- 複雑な指標構造をマーケティングやカスタマー心理における原理原則と照らし合わせ、できるだけ常識的に理解しやすいシンプルな構造にする
指標とモニタリング方法が組みあがったら、グロースハック的に高速でPDCAを回すべき要素と、比較的中長期でPDCAを回していく要素とを分解し、PDCAの観点を整理していきます。
そうすることで、ネットサービスの良さであるグロースハックを維持しながら、本当に成すべきことに対して大きな道筋を外れず登っていく「ビジョナリーでグロースハックなマネジメント」を実現するUXマネジメントが実現するのです。
3.定常的な分析は型化して徹底的に効率化/標準化する
アナリストはグロースハックでも大きな役割を担います。むしろ、こちらが主戦場です。日々仮説を立て、A/Bテストを回してプロダクトを改善しています。
WAGでは、サイト内の導線分析などの主要な分析についてはナレッジを共有し合い、形式知化しています。こちらは以前、他のアナリストがノウハウをブログで公開しているので、そちらもご参考ください。
WAGのメンバーは普段、各担当サービスに散って分析業務にあたり、週に1回、各サービス内のナレッジを持ち寄り共有し合っています。
それ以外にも、テーマを決めてチームでアナリティクス領域に関わる研究を進めています。その研究成果をもとに各サービス内でフィジビリティスタディを行い、その結果をグループ内に還元してナレッジを蓄積していく、というよいサイクルが回っています。
4.これからのUXアナリストに求められるもの
リクルートテクノロジーズのサービスデザイン部には、様々な領域のスペシャリストがいます。同じゴールに向かっていても、そこには色々なアプローチや考え方があるんだなと日々勉強になります。
例えば、徹底的に無駄を削ぎ落とし、カスタマーの期待値に寄り添うシナリオを描くことに長けたUI/UXエンジニアと、期待値自体を変えたり、行動創出や態度変容型のシナリオを描いたりすることに長けたマーケター。ベストなカスタマーの体験設計にはこの双方の観点が欠かせません。
そしてアナリストも、分析時にはこの双方の観点が必要になります。後者(態度変容ベースの体験設計)は、カスタマー心理をデザインするショッパーマーケティングなどが参考になります。小売店にはジャンブル陳列や導線設計などのISM、VMD、ロスリーダー、松竹梅の価格設定・・・・などなど、カスタマー心理をついた様々な打ち手が溢れています。
※ISM :店頭における商品の陳列と品揃えの構成を科学的、統計的に検討し、収益の最大化を図るための活動
※VMD:ストア・コンセプトに基づき、商品の特徴を視覚的に演出していく手法
※ロスリーダー:小売店において集客を目的として、採算を度外視して極めて価格が安く設定された商品
カスタマー心理をデザインするという視点では、ブランディングの世界にも参考になる事例が溢れています。以前、テレビの画質を評価してもらう調査を行ったことがあるのですが、 メーカーのブランド名を伏せて評価してもらった場合はA社の方がよい、ブランド名を提示して評価してもらった場合はB社の方がよい、と異なる評価が得られました。これはB社のブランドが持つ精神的な効果です。
医薬の世界にプラセボ(プラシーボ)という言葉があります。新薬の臨床試験の際には、本当に薬の効果なのかどうかを判別する必要があります。そのため、被験者を分類して検証したい本物薬と、全く効能のないカプセルや錠剤を違う対象者に飲んでもらい、症状などに有意な差が見られるかを検証します。「病は気から」といいますが、何も効能のない錠剤を飲んでも「薬を飲んだ」と思うことで安心し、症状が緩和するケースも多いようです。この精神的な効果を<プラセボ(偽薬効果)>といいます。
医薬の世界では敬遠される言葉ですが、ブランディングの世界ではこの<プラセボ>を良しとします。顧客によりハッピーになってもらうためにどのように精神的な効果を作り上げ、機能的な効果を合わせて、体験価値を最大化すべきかを考えるのです。
例えば…
・慣れるまでどこに何があるかわかりづらいけど、宝探しのような店舗設計をしている「あのお店」はいつも掘り出し物がありそうでワクワクする
・いつもチラシに直感的に「相場より安い」と感じる目玉商品が載っている、あのスーパーマーケット。きっと他の商品も相場より安いに違いないと感じ、お店にいくといつも賢く 買い物をしている気分になる
などなど。
我々も、まだまだチャレンジしているといった状況なのですが、「精神的価値」に「機能価値」、「ニーズ寄り添いシナリオ」に「態度変容シナリオ」など、様々なアプローチでカスタマーの体験価値を少しでも高めていこうとしています。
それを支えるのはアナリストのカスタマーに対する広く深い洞察と示唆、そして「見えない価値を科学する力」です。その役割を担える人材の重要性が日々高まってきていると感じます。